
1.生物にはどれだけの水が要るのか
(1)人は、一日に約2.5リッターの水が必要であり、これは生命を維持するために外部から供給する水である。
(2)また、体内で使用する水の総量は約180リッターで、この水は再生を繰り返して供給されている。また、人の全水分量は成人で体重の約60%である。新生児の水分量は約80%である。
(3)微生物の場合は、乾燥によって脱水し、結合水(後述)だけにすると休眠する。しかし、もっと脱水すると生存率が急激に減少するが、微生物以外は生理反応がもっと複雑なのでこのように単純ではなくなる。
(4)ともあれ、生命を維持するには、体重の10%~80%の水が必要となる。
(5)それでは、この水は原始生命が生まれるとき、どこから得たのか。問題は結合水である。
表1 動物の体液中のイオン濃度と海水中のイオン濃度の比較
| 物性項目 |
Na+ |
K+ |
Ca2+ |
Mg2+ |
Cl― |
| 海 水 |
100 |
3.61 |
3.91 |
12.1 |
181 |
| ク ラ ゲ |
100 |
5.18 |
4.13 |
11.4 |
186 |
| ツノガメ |
100 |
4.61 |
2.71 |
2.46 |
166 |
| タ ラ |
100 |
9.50 |
3.93 |
1.41 |
150 |
| カ エ ル |
100 |
―― |
3.17 |
0.75 |
136 |
| 犬 |
100 |
6.62 |
2.8 |
0.76 |
139 |
| 人 |
100 |
6.75 |
3.10 |
0.70 |
129 |
註)表中のイオン濃度の比較は、Na+イオン濃度を100としたときの
相対濃度を比較している。
(6)この表の結果は、原始生命が海水中で生まれたという根拠になっている。
(7)原始生命が生まれたときには、生命を維持するのに必要な原始生体高分子も出来ていた
であろうし、従って、最初の結合水も海から得られたと考えても良いであろう。
2.タンパク質の周りの凍らない水
(1)イオンや糖類などを水に溶かしたとき、これらの溶質分子の周りの水分子の状態はそれぞれ特有の状態にあり、水分子の熱運動はせいぜいで2~4倍程度遅くなると言う。
(2)タンパク質分子のように大きな分子が水に溶ける場合には、イオンのように水分子と場所を交換するとか、糖のように水の構造の中にうまく入り込むわけにはいかないし、周りの性質に与える影響も異なってくる。
(3)では、球状タンパク質の周りの水分子はどのような状態にあるのか。水分子がタンパク質表面でどのように並んでいるのかを知るには、分子の並び方と熱運動の仕方を核磁気共鳴法(NMR)が適している。

図1 水のNMRスペクトル
(4)常温の水や比較的濃度の薄い水溶液のNMRスペクトルは、図1の(a)のように鋭いピークを示す。一方、氷になると(b)のようになだらかな丘のような形のスペクトル線が得られる。
(5)これらのスペクトル線の山の高さの半分の位置のスペクトル線の幅を半値幅と言い、水分子の回転の相関時間(τC)と関係していて、半値幅が小さいとτCは小さい、つまり分子の熱運動が速く、逆に半値幅が大きいとτCは大きい、つまり分子の熱運動が遅くなる。このように水分子の分子運動の程度がわかる。
(6)一方、いくつかのタンパク質水溶液を-35℃で凍らせると(a)と(b)の中間のようなスペクトル(c)であった。
(7)この結果は、常温の水よりは遅いが、氷中の水分子の運動よりは十分速い熱運動をしている水分子が存在することを意味する。つまり、凍っていない水が存在するのであり、この凍っていない水は、タンパク質の表面に接している水である。
(8)計算によると、球状タンパク質はほぼ一分子層で覆われているとのことである。この一分子層の水は、-190℃でも凍らない。

図2 タンパク質表面の不凍水
(9)水が凍るためには、ある水分子を中心にして、正四面体の頂点に四個の隣接した分子が位置し、おのおのが水素結合で結ばれている構造が空間に広がっている。
(10)ところが、タンパク質表面の水分子は、水同士の水素結合よりも強い力で結合しているので上述の凍った水のように弱い結合とすることができない、すなわち凍らなくなるのである。
3.タンパク質の周りの水の働き
(1)タンパク質溶液の水分子の運動状態の測定から、凍らない水、すなわち不凍水は、温度によってその量が変化するが、温度の低下の変化に伴って不凍水量が直線的に減少していくのではない、つまり一様ではないとのことである。
(2)水溶液中のタンパク質の周りには、少なくとも三つの異なる運動状態の水が存在する。

図3 タンパク質の水和モデル
(3)図3でAは一分子層であり、図2に示すような状態にあるので、この水は-190℃でも凍らない。
(4)この配向したA層の水分子の影響をうけて、次のB層の水分子もある程度配向している。その外側のC層は、普通の状態の水、バルク水である。
(5)なお、天然状態のタンパク質の高次構造は、A層とB層の水で保護されており、弱い加
熱によりタンパク質が熱変性しても、A層とB層がなくならない限りは熱が除かれたときには可逆的に元の高次構造に戻る。
(6)また、A層とB層の水は固定されているのではなく、「ゆらいだ状態」にあるという。例えば、B層が厚くなったり、薄くなったりする。
(7)さらに、A層は、タンパク質が水に溶けた状態になるためには必要であり、A層はタンパク質の高次構造を作るのに必要であるとされている。
3.細胞内の水
(1)細胞は生命の最小単位である。細胞にはタンパク質、核酸、糖質などの生体高分子、脂質、種々のイオンが含まれており、複雑な構造を持っている。
(2)細胞内の水はこれらの成分や構造の影響を受けている。
(3)生体組織内の水について次のように考える。(図3参照)
A相―動物の組織でも約10%の水は生体高分子の結合水で、この水は-190℃でも凍らない。
B相―細胞内水の大部分である80%の水は、純水に比べて10,000分の1ぐらい、熱運動が遅い状態にある。この水は、-15℃付近で凍る。A相とB相の水分子の交換速度は遅い。生体組織をゆっくりと凍結するとこの相は凍り、組織は破壊される。
C相―細胞膜の外側に結合している水で、約10%あり、水分子の熱運動はB相よりも10倍ほど速い。B相の水との交換速度はかなり速い。
(4)このように細胞内の水はバルク水(C相の水、自由水)とは異なる状態にあり、熱運動は強く束縛されている。
(5)この意味で、細胞内の「水を構造化している」と言う。
5.細胞の水の働き
(1)B相の水は、細胞内の生理反応が行われる場所である。この中では種々の生理反応が同時に進行し、お互いに交差している。
(2)B相の水は、このような極めて複雑な過程が、間違わずに、定常的に進行するのを保証している。
(3)B相の水は構造化しているので、その粘度はバルク水(C相の水)よりも大きい。
(4)生命反応は、定常的に行わなければならない。すなわち、生物が生きている環境の温度が変わっても、ある限度内では生命反応の速さは変化してはならない。
(5)粘度が大きいことは、温度の変動をある程度和らげる働きをしている。
(6)粘度を大きくするためには、水の分子運動を遅くしてやればよく、そのためには水の構造化を高める物質を溶かせばよい。その場合、生命にとって害のある物質ではいけない。
註)B相の水が何らかの原因で少ない状態にあるときには、弊社の「構造活性水」を供給して、その量を増やしてやることも一つの方法として考えられる。
(7)不活性気体や炭化水素物質は、水に溶けるとその周りの水は疎水性水和をし、水分子の熱運動は抑制される。
(8)植物ホルモンである疎水性気体のエチレンは、植物ホルモンのオーキシンと同様に植物の生長及び発芽、発根の抑制作用がある。それで植物は一定の時期に体内でエチレンを作って落ち葉などを促進させる。
(9)エチレンは、疎水性物質であるために、細胞内の水の構造化が増し、そのために生命反応が抑制されると考えられる。
6.休眠と冬眠―生命を守る凍らない水―
(1)ある種の生物は、生存している環境の変化に応じ休眠する。休眠の間は、生命を維持する最小限度の生命反応だけが行われる。
(2)生命反応を止めるための一つの方法は、B相の水の構造化であり、もう一つの方法はB相の水が出来るだけ少なくすることである。
(3)多くのバクテリアは、相対湿度が60%以下になると休眠状態になる。これは、この程度の相対湿度になると細胞内のB相の水の大部分が失われるからである。
(4)さらに乾燥が進むと、A相の水も減少し、結合水の量が少なくなると生体高分子の立体配座(文末註*)が不可逆的に変化し、その後水分を加えても元の立体配座に戻らなくなる。
(5)これは、バクテリアにとって死を意味し、生存率は極端に低くなる。
(6)樹木や昆虫が冬眠するときは、二つの方法を併用している。
(7)まず、ホルモンの作用により水の吸収が押さえられ、乾燥がすすむ。それと同時に樹木の中に糖が生じる。
(8)グリセリンの濃厚溶液は、-190℃でも凍らない。また、ソルビトールは多価アルコールであるが、タンパク質や核酸などの生体高分子の高次構造を安定化する作用を持っている。
(9)このようにして、樹木や昆虫は、B相の構造化を高め、それによってA相の脱水和を防ぎ、苛酷な条件下でも生存できるようになる。

図4 樹木と昆虫の冬眠
(10)食品の腐敗は、空気中に浮遊している雑菌によることが多い。
(11)雑菌が食品に付着して繁殖するためには、食品中の水の活量(水分活性*下記註参照)
aWが1に近くなければならない。
(12)この活量は相対湿度に関係しており、aWが0.6以下になると雑菌は細胞分裂を起こせない。
(13)つまり、雑菌が生きていくためには、水が必要で、その水を食品から吸収する。
(14)貯蔵食品は、乾燥させるか多量の塩や砂糖に漬けて、食品中のaWの値を下げているわけである。
7.年齢と水の状態
(1)水の状態は人の年齢によっても変化する。
(2)研究によれば、生後30日ぐらいまで水の構造化の程度が急増し、60日以上でほぼ一定になる。
(3)水の構造化の程度が少ない原因の一つは、水分量が多いことによる。
(4)成長期は生理反応が盛んに行われている。このために水の構造化の程度が低い方、つまり媒質の粘度が低いほうが有利である。
(5)構造化の程度が低いために、環境が変化するとその影響を受けやすい。即、抵抗力が少ないことを意味する。
(6)新生児は抵抗力を犠牲にして、まず生長することを目的としているようである。
(7)生体組織が老化すると、水の状態変化が起こることになる。皮膚の場合には、老化に伴う乾燥により、結合水の量が変化してタンパク質の立体配座が変化する。
8.癌―水のシグナルで捕らえた病気―
(1)1972年にダマアジンは、悪性腫瘍について水の陽子(プロトン)のNMRを測定し、
正常組織のそれと比較した。(表2参照)
表2 人の正常組織及び癌組織中の水のプロトンの縦緩和時間T1の値
| 組 織 |
癌組織のT1(sec) |
正常組織のT1(sec) |
| 肺 |
1.110 |
0.788 |
| 胃 |
1.238 |
0.765 |
| 肝 臓 |
0.832 |
0.570 |
| リンパ腺 |
1.004 |
0.720 |
| 皮 膚 |
1.047 |
0.367 |
(2)測定比較の結果、正常組織及び癌組織中の水のプロトンの縦緩和時間T1のみならず、
水のプロトンの横緩和時間T2の値においても癌組織中の値が長かった。
(3)癌組織のT1とT2の値が正常組織より長いという問題は、
①T1とT2を長くする要因は何なのか。
②水溶液と同じように、T1とT2が長いことは、癌組織中の水分子の熱運動が速いことを意味するのか。
?(4)研究の結果、生体高分子の立体配座が変化すれば、その周りの水の状態も変化する、つ
まり、癌組織中の水の熱運動は、正常組織よりも速いと考えられる。
(5)癌細胞は、絶えず増殖しているし、その意味で癌細胞は若い細胞であるといわれる。
(6)その中で生理反応が活発に起こっている。従って、水の構造の程度の少ないことと、これらの特性の間に密接な関係がある。
(7)水の構造化の程度が低ければ、組織の抵抗性が低いことになる。
(8)癌の他にも、アレルギー性の浮腫、脳浮腫、白内障等の病気でも組織中の水のプロトン
の緩和時間が正常組織のそれと異なることが分かった。
(9)水の構造化は、特定の高次構造を保っているタンパク質やDNAのような生体高分子と
の相互作用によるものである。
(註1)立体配座とは、同一分子において単結合の部分をクルクルと回せば同じ形に出来ると考えればよい。もう少し詳しく言えば、立体配座(りったいはいざ、Conformation)とは、単結合についての回転や孤立電子対を持つ原子についての立体反転によって相互に変換可能な空間的な原子の配置のことである。
(註2)水分活性aW:ある物質が含む水分全体に対する自由水(バルク水)の割合。